炭がまだ生きていた
秋刀魚は骨だけ残して食べ終わりました。皿を下げて、コンロを見たら、炭がまだ赤いままです。
火を熾すのはいちばん手間のかかるところなので、ここで消してしまうのはもったいない。買い物のときに焼き鳥の串も買ってあったので、続けて焼くことにしました。
牛モツが50%引きでした
串と一緒に、牛モツを買ってきていました。値引きシールが貼ってあって、50%引きです。これが大好物です。
ところで、あの値引きシールは閉店間際にまとめて貼られるものだと思っていました。調べてみると、そうとも限らないようです。
J-CASTニュースの記事で、あるスーパーの元社長が自分の店のやり方を紹介しています。値引きは一日3回で、夕方4〜5時ごろに1〜2割引、夜7〜8時ごろに2〜3割引、閉店の1〜2時間前になって3割引〜半額、という順に下げていったそうです。あくまでその方の店の話ですが、階段状に下がっていくという感覚は他の店でも近いのかもしれません。
なぜ捨てずに値引くのか
流通の世界では、売れ残りを捨てたときの損を「廃棄ロス」、値引きして売ったときの損を「値下げ(見切り)ロス」と呼び分けています。捨ててしまえば仕入れ代は一円も戻らないうえに処分の費用までかかりますが、安くしてでも売れば仕入れ代の一部は戻ってきます。だから店は値引きするわけです。
もう一つ知って驚いたのが、食品ロスの量でした。日本ではまだ食べられるのに捨てられている食品が、2024年度(令和6年度)の推計で年間およそ461万トンあります。事業者から出るものが約237万トン、家庭から出るものが約224万トンで、ほぼ半々です。国民ひとりあたりに直すと、1日おにぎり1個分ほどを毎日捨てている計算になります。
半額のモツを買って帰るのは、自分の財布のためだけかと思っていました。それだけでもなかったようです。
串を並べる
網に串を並べます。買ってきたものなので、ここは並べるだけです。
ねぎまを見ていて、ふと思いました。あの「ま」は何なのか。ネギとネギの「間」だと思っている人が多いはずですが、マグロの「ま」だとよく言われます。
調べてみると、江戸時代には「葱鮪鍋(ねぎまなべ)」という料理が実際にありました。ぶつ切りのネギとマグロを一緒に煮た鍋や汁もので、辞書にも「葱鮪」の字で載っています(精選版 日本国語大辞典/デジタル大辞泉)。『東海道中膝栗毛』にも出てくる、冬の季語です。
ただし、その鍋の名前がそのまま鶏の串焼きの名前になったのかどうかまでは、はっきりとは分かっていません。マグロが手に入りにくくなって鶏に替わった、という話をよく聞きますが、そこは断定できないようです。
炭火は、とにかく待つ
並べてから一分見ていても、見た目は何も変わりません。まだ真っピンクのままです。
辛抱できずに手を出してしまうのですが、当然まだ焼けていません。焼き網の奥のほうが火が強いので、焼けてほしいものは奥へ寄せます。
待っている間にランタンを点けました。まだ外は明るいのですが、雰囲気は先に作るものだと思っています。
ビールも開けました。泡ばかりでなかなか減りませんでしたが、待ちきれずに飲みました。泡だけでもうまいものです。
ホルモンは「放るもん」ではないらしい
焼き上がったぶんは、まず家族の皿へ出します。自分のはまだ網の上です。
網が空いたところで、いよいよ牛モツの出番です。
ホルモンといえば、「関西弁の"放るもん"(=捨てるもん)が語源」という話が有名です。捨てていた内臓を焼いて食べたから、というものです。
ところがこれ、あとから広まった俗説とみられていて、食文化の研究者や国語辞典をつくる人たちからは否定されています。国語辞典編纂者の飯間浩明さんは「『放るもん』なら『ほうり物』『ほりもん』になるはず」として、この説は採用できないとしています。
では何だったのか
戦前の日本では「ホルモン」は「精がつく料理」という意味で使われて流行していました。1936年(昭和11年)の料理本『長寿料理』には、すでに「ホルモン料理」として臓物料理が紹介されています。医学・生物学でいうホルモンのほうから来た言葉、というのが有力な見方です。「放るもん」説が広まったのは1970年代ごろからとされています。
ちなみに焼肉でおなじみのミノ・ハチノス・センマイ・ギアラは、全部「牛の胃」です。牛には胃が4つあって、第1胃・第2胃・第3胃・第4胃がそれぞれこの名前で呼ばれています。
しかも、はじめの3つはもともと食道が変化したもの(前胃)で、消化液を出しません。人間の胃と同じように胃液を出して消化している「本物の胃」は、4つ目のギアラだけだそうです。
同じ「モツ」でも脂の量はまるで違います。文部科学省の食品成分データベースを見ると、牛の小腸(焼肉でいうマルチョウ)は生100gあたり脂質26.1g、センマイ(第三胃)は脂質1.3g。脂質だけで20倍ほどの開きがあります。
網を重ねました
モツは網の目から落ちてしまいます。そこで、細かい網を元の網の上に重ねて焼きました。
特別な道具ではありません。100円ショップでも売っているような焼き網です。これだけで、落として炭にしてしまう心配がなくなります。
火柱が立ちました
モツを焼いていると、脂が落ちて火柱が立ちました。
これは、溶けて落ちた脂が下の炭で燃えているからです。食用油は、火が近づけば300〜320℃で燃え出し、火種がなくても370〜400℃で発火するとされています。炭火の表面はそれよりずっと高いので、脂が落ちれば燃えるわけです。
そして、ここが今回いちばん面白かったところでした。
炭火の香ばしい煙の正体は、落ちた自分の脂
炭火焼きのあの香りは、炭そのものの匂いではありません。脂やたれが炭に落ちて一瞬で気化し、その煙が上がってきて肉に戻る。あれが香りの正体です。だから、脂の多いホルモンほど炭火で焼く意味が大きいということになります。
自分の脂が煙になって、自分に戻ってくる。そう聞くと、火柱が上がるのも悪いことばかりではないと思えてきます。
「遠赤外線が中まで火を通す」は、実は違うらしい
炭火の話でよく聞くのが「遠赤外線で中までじっくり火が通る」というものです。これも調べてみると、正確ではありませんでした。
日本家政学会誌に載った実験では、遠赤外線を出すヒーターの場合、深さ1mmのところですら内部の発熱がほとんど確認できなかったそうです。もっと奥まで届くはずの近赤外線でも、効いていたのは表面から1〜3mmまで。中まで熱が届くのは、あくまで表面から順に熱が伝わっていくからです。
(この実験で使われたのは寒天ゲルなど「食品に見立てた試料」で、肉そのものではありません。それに炭火は、そもそも厳密には遠赤外線の熱源ではないようです。赤くおきた炭の表面はかなりの高温なので、いちばん強く出ている赤外線はもっと波長の短いほうにあたります。ただ、いちばん深く届いた条件でも3mm程度だったので、「中心まで直接届く」わけではないというところは変わりません。)
では炭火に意味がないかというと、そうではありません。
- 都市ガスやプロパンの炎は燃えると水蒸気が出ますが、炭はほとんどが炭素なので水はあまり出ません。林野庁の「木炭の性質」のページでも、これがカラッとした焼き上がりにつながると説明されています(ただし焼き上がりは火力や炭との距離、食材自身の水分にも左右されます)
- 炭火は「熱い空気」ではなく、赤くおきた炭から出る熱線で焼いています。ガスの炎は透明で熱の多くが上に逃げてしまいます
- 肉の表面が濡れているうちは、そこの温度は水が沸く100℃あたりより上がりません。おいしそうな焼き色と香りが生まれる反応(メイラード反応)がいちばん活発になるのは140〜165℃あたりなので、短い時間で焼くなら、まず水気が飛ばないと焼き色はつきません
ついでに言うと、「強火で表面を焼いて肉汁を閉じ込める」も科学的には否定されています。焼き目に防水性はなく、ジュージューという音そのものが水分の逃げている音だそうです。焼き目の値打ちは、肉汁を閉じ込めることではなく、香りと味のほうにあります。
焼けました
皿に取って、たれにつけて食べます。たれは焼き鳥のたれではなく、焼肉の醤油だれです。細かいことは気にしていません。
ホルモンは脂が命だと思っています。半額とは思えない味でした。
牛の脂は、熱いうちに食べたほうがいい
牛の脂が溶け始める温度(融点)は40〜50℃で、人の体温より高いそうです。鶏の脂は30〜32℃なので口の中でスッと溶けますが、牛の脂は冷めると口の中で溶けきりません。焼肉屋で「熱いうちにどうぞ」と言われるのには理由があったわけです。
⚠️ 鶏肉の焼き加減は、見た目で判断しないこと
鶏肉は「中心の温度が75℃以上で1分間以上」が国の示す加熱の目安です(厚生労働省・農林水産省)。農林水産省は鶏肉について「中心が白くなるまでが目安」としていますが、内閣府の食品安全委員会は「肉の見た目では、安全な加熱ができたかどうか判断するのは不可能」としています。肉汁が透明かどうかや断面の白さは、焼けた保証にはなりません。心配なときは、切って確かめてから、もう少し焼くくらいでちょうどいいと思います。
動画でも見られます
炭に串を並べるところから、最後にランタンの火を消すところまで撮ってあります。ほとんど待っているだけの回です。
📋 今回のまとめ
- 炭火の香ばしい煙の正体は、炭ではなく「落ちた自分の脂」。脂の多いホルモンほど炭火で焼く意味が大きい
- 「遠赤外線で中まで火が通る」は正確ではない。いちばん深く届いた条件でも表面から3mm程度だった
- 炭はガスと違って水蒸気を出さないので、表面がカラッと仕上がる(林野庁)
- 「強火で肉汁を閉じ込める」も否定されている。焼き目の値打ちは香りと味のほう
- 「ホルモン=放るもん」は俗説とみられている。戦前は「精がつく料理」の意味で流行していた
- ミノ・ハチノス・センマイ・ギアラは全部「牛の胃」。消化液を出す「本物の胃」は4つ目のギアラだけ
- 牛の脂の融点は40〜50℃で体温より高い。だから熱いうちに食べたほうがいい
- 鶏肉は中心75℃以上で1分以上。ただし見た目だけでは判断できない(食品安全委員会)
- モツは網の目から落ちるので、細かい網を重ねるだけで解決する
- 「ねぎま」は江戸時代の「葱鮪鍋」から来ていると言われる(鶏に替わった経緯は諸説あり)
- 値引きシールは階段状に下がっていくことが多い。閉店間際だけではない
- 日本の食品ロスは年間およそ461万トン(2024年度推計)
おわりに
秋刀魚が終わって、炭がまだ生きていたから焼いただけの焼き鳥でした。串は買ってきたもので、たれも焼肉のたれです。手間らしい手間はかけていません。
それでも調べてみたら、火柱にも、あの香りにも、熱いうちに食べたくなるのにも、ちゃんと理由がありました。脂が落ちて燃えるのを「もったいない」と思っていたのに、実はあれが香りを作っていたというのが、いちばん意外でした。
串だけ残して、ランタンの火を落として終わりです。外はまだ明るいままでした。たまらん夕方でした。
この日の前半、一匹150円の秋刀魚を焼いた話も書いています。同じ炭の続きです。
庭で火を熾すのは、バーベキューのときもやります。休みの日の食べ物なら、鶏のスープでコーンスープとカレーを作った話もあります。
網はまだ庭に置いてあります。次は何を焼こうか考えているところです。